住友と共創 ~ビジョンを描く~

日本板硝子

世界初の真空ガラス「スペーシア®」、27年間の進化とサステナビリティへの価値

張り合わせた2枚のガラスの中間を「真空」にして断熱性を高めた日本板硝子の製品「スペーシア®」は、単なる高機能製品を超えた戦略的意義を持つ製品だ。1997年の発売から30年弱の時を経て、同社の技術力と将来への洞察力を象徴する存在として、企業価値向上の重要な柱石となっている。

“魔法瓶”技術で断熱ガラスに先駆けて独走

スペーシア®は1997年に世界で初めて実用化された真空ガラス製品だ。2枚のガラス間に0.2mmの真空層を設けてある。この真空層が、ちょうど魔法瓶がお湯や冷水を同じ温度で長く保つのと同じように、大きな断熱効果を発揮する。

スペーシアの構造図
スペーシア®の構造図。2枚のガラスの間にある0.2mmの真空層が熱の伝導と対流を防ぐ

もちろん真空層は、そのままでは外気圧の影響を受けて2枚のガラスがピッタリとくっついてしまう。そこで真空層には2cm四方の間隔で「マイクロスペーサー」と呼ぶ見えにくい金属を配置して、真空層を一定の間隔に保つ。

2枚のガラスが接触するのを防ぐマイクロスペーサーは、接着剤を使わず圧力のみでその位置を保持している。接着剤など余計な素材・物質を加えないからこそ、長い期間にわたって性能を維持できる。この独自技術によってスペーシア®は、通常の一枚ガラスに比べて約4倍、また最近よく見かけるようになった2枚のガラスを使う複層ガラスと比べても約2倍という圧倒的な断熱性能を実現した。

日本板硝子の製造技術の世界的な優位性を物語るスペーシア®は、発売から四半世紀以上も“独走”してきたのである。

日本の窓事情を支える大きな長所

日本では北海道や北日本を除き、多くの住宅で窓は一枚ガラスのサッシが使われている。住宅が足りなくなった1970年代の高度経済成長期に、「比較的コストが安く」「大量生産しやすく」「軽くて加工しやすく工事も容易」な一枚ガラスのサッシが普及していった。

ただ、一枚ガラスの窓は、雨風はしのげるものの、熱を伝えやすく断熱性に劣る。省エネなどへの配慮から1990年代以降は寒冷地以外でも複層ガラスや三層ガラスの窓が増え始めている。

我が国では、気候変動を抑えて環境に配慮するカーボンニュートラルの視点からも断熱性の高い「窓」が求められている。しかし、サッシ枠部分も複層ガラス用のものに取り替えるリフォームとなると、大きなコストと時間がかかるのが実情だ。

この点でスペーシア®は、従来よりも簡単かつ低コストで窓をリフォームして断熱性を高められる大きな長所を持つ。スペーシア®はガラス2枚と真空層を合わせても薄いため、従来の一枚ガラスの窓用サッシを「そのまま活用できる」からだ。つまり、複層ガラスのように分厚いサッシを必要とせず、今ある1枚のガラスを入れ替えるだけで済むのだ。

スペーシアは一枚ガラスと厚さがほとんど変わらない
スペーシア®は一枚ガラスと厚さがほとんど変わらないため、既存のサッシをそのまま使用できる

ガラス交換のみだと改修は1枚で約30分と短時間になるという。これまで使っていたサッシを分解してスペーシア®をはめ込み、サッシを組み直すだけで済むからだ。これは日本の既存住宅だけでなく、多くのビルなどでも窓の断熱効果を高められる利点になる。

専用グレチャン(サッシにガラスを取り付ける際に用いるゴム状のパーツ)が使える場合、改修時間はガラス1枚あたり約30分だという
専用グレチャン(サッシにガラスを取り付ける際に用いるゴム状のパーツ)が使える場合、改修時間はガラス1枚あたり約30分だという

長く稼働停止できない既存施設の改修で大きな成果

長期間の稼働停止が難しい自治体の庁舎や病院、介護老人保健施設などで断熱性を高める改修にスペーシア®が用いられる例が増えているという。

一例が、東京都の三鷹市役所だ。2011年度の改修では窓に全面的にスペーシア®を採用した。夏場にエアコンの冷却効果が高まっただけでなく、冬場の電気代も約半減した。断熱性能が高まったことで室内の底冷えが低減され、女性職員らが脚を温めるため電気毛布や小型ヒーターを使っていたのが不要になったことも要因だという。

三鷹市役所は窓が多い建物
1965年築の三鷹市役所は窓が多い建物。「居ながら改修」を進め、約1000枚の窓ガラスを順次交換した

福岡県の久留米市環境部庁舎は、築30年以上の建物を2021年に改修。既存建築物の改修としては全国初となる『ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)』を取得した。『ZEB』とは、省エネルギー性能を表す認証制度「BELS(建築物省エネルギー性能表示制度)」で最高峰の認証といわれ、断熱改修などの省エネと太陽光発電などの創エネでエネルギー消費量を正味ゼロにした建築物のことだ。スペーシア®で開口部の断熱性を高め、太陽光発電による創エネや老朽化した空調設備の更新など、様々な改修を組み合わせることで達成した。それまで「新築でなければ達成困難」とされていた『ZEB』を、改修により実現できた意義は大きい。

久留米市環境部庁舎
久留米市環境部庁舎の改修では、スペーシア®、高効率空調、LED照明、太陽光発電システム、蓄電池など様々なZEB技術を導入

環境省が入る新庁舎として2027年度の移転を目指し改修工事が進む、東京・霞が関の旧日本郵政ビル。ここもスペーシア®が採用され、断熱性を高めるなど高い環境性能を確保するための様々な取り組みにより、一次エネルギー消費量を50%以上削減する「ZEB Ready」の認証取得が決まった。大規模な改修工事における脱炭素化のモデルケースとして、他の省庁にも波及することが期待される。

環境省新庁舎の外観パース
環境省新庁舎の外観パース。スペーシア®で徹底的な断熱を図る(提供:環境省)

この他にも、大手ハウスメーカーでスペーシア®を全面採用する住宅商品が企画されたり、大手外食チェーンにおける店舗の窓ガラスに採用されたりと、BtoB市場での実績も事業拡大をけん引している。ガラス交換のみで大幅な断熱性能向上を実現できるスペーシア®は、日本の「建築ストック」を脱炭素化へと進めるために今後、不可欠な技術となっていくだろう。

脱炭素戦略の「顔」として世界へ布石

日本板硝子は2025年度からスタートさせた中期経営計画「2030 Vision : Shift the Phase」の実現に向け、「4つのD」(「Business Development」「Decarbonization」「Diverse Talent」「Digital Transformation」)を重点活動領域として取り組む戦略を掲げた。このうちカーボンニュートラルに寄与する「Decarbonization」は自社内の脱炭素化のみならず、サステナブルな社会の実現に製品を通じて貢献することも目指している。スペーシア®は、企業の社屋や店舗、倉庫などの開口部の断熱性を高め、建物のエネルギー効率向上やCO₂排出量の削減に重要な役割を果たすことが期待される。

同社のサステナビリティ目標は野心的だ。スコープ1・2については2030年までに温室効果ガス排出量を30%削減(2018年比)することを目標とし、現在約半分を達成している。スコープ1はガラス製造工程における脱炭素への取り組み、スコープ2は再生可能エネルギー(電力)の導入を指す。更に新たにスコープ3の削減目標も明記した。主要なサプライヤーと協力し、サプライチェーンにおけるCO₂排出量の削減を目指している。

政府の2050年カーボンニュートラル宣言により、既存建物の改修における断熱性能向上は必須の課題となるだろう。スペーシア®の重要性は今後、ますます高まることが予想される。日本板硝子が長年培ってきた真空ガラス技術は、カーボンニュートラルが地球規模での変化に対応するための重要な武器となっていくに違いない。

 ジャーナリスト三河主門が住友のDNAを探る
日本板硝子の創業を率いたのは、大阪で薪炭商を営む家に生まれた杉田與三郎だった。杉田家は住友別子鉱業所に木炭を納入し、住友家と密接な関係にあったという。
1909年に米シカゴ大学を卒業した杉田は、1914年にビールびん製造機械の特許取得の交渉で米国を訪れていた際、偶然立ち寄ったトレド・グラス・カンパニーで革新的な板ガラス製法を目にした。「これは日本の未来を変える」と直感した杉田は、世界でただ一人、この特許権取得に成功した。これにより1918年、「日米板硝子株式会社」が誕生した。
だが創業の道のりは険しく、ベルギー産ガラスの輸入攻勢と製造面での困難な問題によって1921年、会社は膨大な赤字を出した。この危機に、前例のない決断を下したのが住友だった。住友銀行から人材を送り込み、直接経営に参画したのである。そこで住友の事業精神「信用を重んじ、確実を旨とし、浮利に趨(はし)らず」が注入された。
会社は見事に再生を果たし、1931年に国産ガラス製品への誇りを込めて「日本板硝子株式会社」へと社名を変更。新たな技術に貪欲で、国家のためになる事業を推進していく姿は、最新の技術で我が国と世界の脱炭素に貢献しようとする日本板硝子のカルチャーと二重写しのように重なっている。
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