住友の足跡を巡る旅今日につながる 住友の礎

住友グループの発展の礎となった別子銅山は、1691(元禄4)年に開坑され、多くの銅を産出し、世界一の銅産出国だった江戸時代の日本の経済を支えました。明治時代以降は近代化の先駆けとして、様々な事業を生み出す源となりました。

住友の母なる山・別子銅山がある現在の愛媛県新居浜市を訪ね、「先人たちの挑戦」と「地域社会の繫栄」を紹介します。

住友の原点 別子銅山の軌跡

良質な銅鉱脈の発見により、別子銅山に希望を抱いた多くの人が移り住み、鉱山町として急速に発展しました。発展に伴い直面する多くの難題に立ち向かった先人たちの足跡をたどります。

住友の公害対策への挑戦とその歩み

銅の産出量が増えるにつれて、新居浜の製錬業は栄えていきました。しかし、製錬所の煙突から排出される亜硫酸ガスによる煙害が大きな問題となります。この煙害問題の根本的な解決に挑んだ住友グループの先人たちの挑戦を紐解いていきましょう。

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