住友と共創 ~ビジョンを描く~

住友精化

世界初、紙おむつ向け吸水性樹脂の水平ケミカルリサイクル技術を開発

住友精化は、紙おむつに使われる吸水性樹脂(Super Absorbent Polymer=SAP)を主力事業としている化学会社だ。紙おむつ事業は、ベビー(幼児)向け市場が国内の出生率減少で伸び悩んでいるが、高齢化が進んで大人向け市場では拡大が続いている。これに伴って紙おむつの廃棄量も増える一方だが、これまでSAPはリサイクルが困難だった。しかし住友精化は使用後のSAPを再生利用しても従来の吸水性能を維持できる世界初のリサイクル技術を、実験室レベルで開発した。紙おむつの廃棄量を将来的に削減できる可能性が高まった。

粉末のSAP(吸水性樹脂)素材
粉末のSAP(吸水性樹脂)素材

日本発の技術でリード、紙おむつリサイクルで「世界初」

SAPは自重の200〜1000倍もの水が吸収でき、圧力を加えても吸水した水分をゲル状のまま保持できる樹脂だ。尿などでも自重の数十倍を吸収でき、圧迫されても尿がしみ出てこない特性は、まさに紙おむつの吸収体として「うってつけ」の素材といえる。

だが、国内の紙おむつ廃棄量は、2030年度に一般廃棄物(一般ゴミ)の7%を占めるまでになると予想されている。これを受け、環境省も紙おむつのリサイクル化を重視して対策推進に力を入れ始めている。SAPを生産している住友精化も「リサイクル技術の確立は社会的な責任」と考え、3年前からSAPリサイクル技術の開発に取り組んできた。

吸水中のSAP素材。自重の数百倍の水を吸収する
吸水中のSAP素材。自重の数百倍の水を吸収する
吸水後のSAP素材
吸水後のSAP素材

SAPは1978年に日本企業が世界で初めて商業生産を開始し、そのSAPを使った紙おむつも1983年に日本が商品化で世界に先んじたという。現在の30〜40代以下の人は、多くが赤ちゃんの時に紙おむつのお世話になった世代だと考えていいだろう。

1990年代に入ると、「パンツ型」と呼ばれる紙おむつも登場。ベビー向けだけでなく1994年には大人向け紙オムツでもパンツ型が登場したことで、介護施設など以外でも大人向けの紙おむつ販売が伸びていく契機となった。

このパンツ型の開発も日本が世界初だという。ほかにも紙おむつ関連の「世界初」は日本企業に多い。紙おむつの各部位を組み合わせるのに、熱をかけて接着し、冷えても硬くならない合成ゴムの接着剤や、ニオイを吸着する銀イオンを多量に保持できる繊維素材「セルロースナノファイバー」なども世界に先んじて日本で開発されてきた。

使用済み紙おむつの原料リサイクルでは、繊維質の部分からパルプを取り出して精製し、建築材料としたり、再び紙おむつ素材に使ったりする研究も進んでいる。ただ、SAPについては素材をそのままリサイクル活用するには、多くの難点があった。

新品のSAPなら尿を自重の約50倍は吸収できる。だが、リサイクルすると吸収率は10倍前後に落ちてしまうのだ。住友精化は、SAPを紙おむつ以外の用途に使うことも模索した。だが、パルプやプラスチックなら、再生した後に品質が劣化しても、使える製品市場は多くあるが、SAPは紙おむつなど衛生用品での利用が圧倒的に多い。廃棄されるSAPの量を代替できるような製品リサイクル市場は、見つけられなかった。

「ポリマーの架橋を切断・再生」で画期的な化学的リサイクルを実現

悩んだ住友精化は、研究開発面で2022年ごろからSAPを再生しても元の吸水性能に戻るようにするケミカルリサイクルの実現に舵(かじ)を切りかえた。

SAPはアクリル酸塩モノマーを架橋(エステル結合)させて製造するのが一般的だ。その架橋されたままの状態でリサイクルをしようとすると、吸水性能が落ちてしまう。そこで、使用済みの紙おむつから取り出したSAPを加水分解によって架橋部分のみを切断して、中間体であるポリアクリル酸(ポリマー)に戻す技術を確立した。

住友精化が取り組むSAPのケミカルリサイクルの技術イメージ
住友精化が取り組むSAPのケミカルリサイクルの技術イメージ

そのポリマーから尿などの不純物を取り除いて精製ポリマーとし、それを再び架橋して「再生SAP」として利用することを可能にした。これによって、再生後も吸水性能や圧力をかけた際の保水性などは、新品SAPと比べて全く遜色がないレベルにできたという。

姫路市にSAP再生のパイロット工場、2026年度にも稼働

この一連の技術を導入するパイロットプラント(工場)を、住友精化は姫路工場(兵庫県姫路市)に建設し、2026年度中に稼働させる計画だ。このほど環境省の「令和6年度(2024年度)二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金」の「脱炭素型循環経済システム構築促進事業(うち、プラスチック等資源循環システム構築実証事業)」に採択され、本格的に社会実装を目指していくという。

ただ、実現までに越えるべきハードルはまだまだ多そうだ。そもそも、紙おむつをどのように回収するのか。現在、ほとんどの自治体で紙おむつは一般廃棄物(燃えるゴミ)として出され、分別はされていない。仮に、ベビー用なら保育園・幼稚園から、大人用なら介護施設などから、まとまった量を回収できる可能性はある。しかし、家庭からなら「分別回収」という“インフラ”を整備しなければならなくなる。廃棄物回収を担う各地の自治体との協力も欠かせない。

そもそも、素材メーカーとしては研究開発用に使用済みのSAPを集めることも難しい面があったという。このためSAPのケミカルリサイクルを研究・開発する段階では、協業他社に使用済みSAPを提供してもらうなどの協力を仰いできた。

こうしたリサイクルの枠組みづくりも視野に入れて、2030年に使用済み紙おむつ約5000tの規模でのSAPリサイクルを目指すという。国内の紙おむつ廃棄量は2015年度には200万t前後だったが、2030年度には250万〜260万tに拡大すると業界では見通している。5000tは初期の目標数なのでまだまだ先は長いが、それでも2030年度に一般ゴミの7%にもなるという紙おむつにリサイクルの道をひらくことは、大きな一歩になるだろう。

住友精化が考える使用済み紙おむつリサイクルシステムの理想形
住友精化が考える使用済み紙おむつリサイクルシステムの理想形

再生した紙おむつの利用・購入を促すための国や自治体などの支援も将来的には必要になるかもしれない。新品のSAPよりも、再生コストはどうしても高くなるからだ。それでも、紙おむつ原料の他の素材であるパルプや、SAPが吸収した「し尿」をバイオマス燃料に転換するなどの施策も考えられる。

リサイクルして普及させるためのコスト負担をどう考えていくかは今後の課題だが、またも紙おむつの関連で日本から世界初の技術が生まれたことは喜ばしい。少子化と高齢化が速いテンポで訪れるアジア諸国でも、日用品として普及した紙おむつと同様、SAPのリサイクル技術は今後の世界にとって不可欠な技術として広まっていくに違いない。

 ジャーナリスト三河主門が住友のDNAを探る
住友精化は1944年(昭和19年)7月20日に、住友化学工業(現・住友化学)と多木製肥所(現・多木化学)の共同出資により、兵庫県加古川市別府で「住友多木化学工業」として創業した。2024年で80周年を迎えた。
企業としての源流は、住友グループの住友金属鉱山から排出された亜硫酸ガスを原料として始めた肥料の生産にある。戦時下での創業だが、戦後の食糧増産に欠かせない物資を供給していた。
その後もアンモニアや尿素などの増産に乗り出し、工業向けの薬品やガス、ポリマー事業などへと進出していった。吸水性樹脂(SAP)の生産能力は現在も増強中で、2025年度中には52万tとなり、世界の第3位グループに入る。
SAPを供給する素材メーカーが、そのリサイクル技術を確立し、パイロットプラントまで設けて社会へと還元させていく姿勢は、約400年の歴史を持つ住友家の事業精神を受け継いだものといえそうだ。
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