住友と共創 ~ビジョンを描く~

住友電気工業

再エネ時代の電力供給安定化の切り札「レドックスフロー電池」

再生可能エネルギー(以下、再エネ)の大量導入が進む現代において、電力系統の安定化は喫緊の課題だ。太陽光や風力といった再エネは天候によって出力が大きく変動するため、安定した電力供給を維持するためには、大容量の蓄電技術が不可欠である。

この難題を解決するキーテクノロジーとして、住友電気工業(以下、住友電工)が実用化したのが「レドックスフロー電池」である。電解液をポンプで循環させて充放電を行う大容量の蓄電池だ。酸化還元反応(Redox)と、電解液の流れ(Flow)から、こう名付けられた。

強みは「安全性」「長寿命」「大容量化」

この電池の強みは、「安全性」「長寿命」「大容量化」の3点である。安全性においては、国内の消防法において危険物に該当しないという点が際立っており、リチウムイオン電池で発生しているような火災のリスクが極めて低い。

長寿命も特筆すべき点である。一般的なリチウムイオン電池は、充放電を繰り返すことで電極に含まれる“活物質”が構造的に劣化し、徐々に容量が減少していく。そのため、1日当たり1サイクル程度の運用が上限の目安とされ、サイクルの増加が電池寿命を大きく左右する。これに対し、レドックスフロー電池は、充放電に関わる活物質(バナジウムを採用)が電解液としてタンクに貯蔵され、ポンプによって電解液がセル内を循環する構造を採用している。そのため、充放電サイクルによる劣化が起こらない。

レドックスフロー電池の原理(出典:住友電工)
レドックスフロー電池の構成(出典:住友電工)

新型モデルでは、この特性を生かし、運用可能な期間を従来の20年から30年に延長することができた。この特性は、電池を使い始めてから廃棄するまでの総費用であるライフサイクルコストの面で極めて優位である。

大容量化という点では、電解液の量がそのままエネルギー貯蔵容量となるため、電解液の貯蔵量を拡張することで蓄電容量を増やすことができるという構造的な強みを持つ。

ちなみに、レドックスフロー電池の原理は1970年代にNASA(米航空宇宙局)で考案され、国内でも電力会社主導で実証してきた歴史がある。住友電工も一度はバナジウム価格の高騰を理由に撤退したが、市況の安定後に再参入し、現在は国内で唯一、商用実績を積み重ねるメーカーとして独自の地位を築いている。

“マルチユース”で真価を発揮

レドックスフロー電池の用途と顧客層は、電力市場の制度変化に伴い、大きく変遷してきた。導入の初期段階では、再エネの出力変動平準化を目的とした系統側主導の大型実証が中心だった。例えば、経済産業省の実証事業(2013~2018年度で現在も稼働中)として、一般送配電事業者である北海道電力ネットワークの南早来(みなみはやきた)変電所に大型システムが導入されたことはその代表例である。当時は、風力や太陽光による電力変動を滑らかにするための電池併設ルールが設けられたこともあり、一般送配電事業者(系統側)が安定供給の責任を負う主体として蓄電池の導入を主導していた。

北海道電力ネットワークの南早来変電所に納入したレドックスフロー電池(出典:住友電工)

しかし、2021年より沖縄を除く全国で電力需給調整市場が創設され取引が開始されたことで、この構図は一変した。一般送配電事業者が自前で蓄電池を導入するケースは減り、電力会社が市場から調整力を調達する形へと移行したのである。これに伴い、レドックスフロー電池の主な顧客は、安定化の価値を市場で取引(売買)する発電事業者へとシフトした。

このような市場環境の中で、レドックスフロー電池の多サイクルで運用しても劣化しにくいという特性は、特に“マルチユース”と呼ばれる多様な用途での運用において真価を発揮している。その代表的な事例が、新潟県柏崎市の新電力会社である「柏崎あい・あーるエナジー」における導入である(2024年9月から稼働)。ここでは、新電力会社が地域住民や企業への電力供給を行うと同時に、余剰電力を日本卸電力取引所(JEPX)で売買する市場取引を両立させている。この2つの用途を同時に追求すると、1日当たりの充放電サイクル数が必然的に増大するが、レドックスフロー電池であれば、劣化を気にする必要はない。

柏崎あい・あーるエナジー(柏崎市)に納入したレドックスフロー型の蓄電池システム(出典:住友電工)

海外においても、米国カリフォルニア州でのNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の実証事業が、マルチユースの適合性を示す事例として挙げられる。停電や計画停電が多い同地域において、レドックスフロー電池は平常時には市場最適化のための取引を行い、非常時にはマイクログリッド(小規模電力網)の一部としてバックアップ供給を行う停電対策として機能している。

国内外におけるレドックスフロー電池の導入事例(出典:住友電工)

“作ったエネルギーを無駄にしない社会”の実現へ

今後の開発方針として、「更なる初期導入コストの低減」と「長時間エネルギー貯蔵(Long Duration Energy Storage、略称LDES)への対応」を2つの柱としている。新型モデルで約3割のコスト削減を達成したとはいえ、初期費用が依然として課題であることから、製造プロセスや部材の最適化を通じて費用の圧縮に注力している。

もう1つの重要な潮流が、世界的なLDESへの対応である。これは、数時間といった従来の蓄電時間をはるかに超える、数十時間にも及ぶ放電時間を実現する蓄電技術のことで、特に米国を中心に大きなトレンドとなっている。

現在の製品は、施工性や設置性に優れたコンテナ型が主流だが、タンクの大型化や、プール状の貯蔵槽を建設して大量の電解液を保持し超長時間化を目指すという構想もある。日本国内でも経済産業省がLDESの導入拡大を後押ししており、レドックスフロー電池の長時間化への適性は、今後更に重要性を増すに違いない。

同社がレドックスフロー電池事業で目指す未来は、再エネが大量導入される時代において、「安全性」「長寿命」「大容量化」という特性を生かして、“作ったエネルギーを無駄にしない社会”を実現することである。

 ジャーナリスト堀純一郎が住友のDNAを探る
住友400年の歴史の中で受け継がれてきた「住友の事業精神」は、初代・住友政友が晩年にしたためた商いの心得である『文殊院旨意書(もんじゅいんしいがき)』を源流としている。とりわけ、「自利利他公私一如(じりりたこうしいちにょ)」(事業は、自分を利すると同時に、国家や社会も利するものでなければならない)という考え方は、住友電工グループに脈々と受け継がれ、「従業員」「お客様」「お取引先」「地域社会」「株主・投資家」という5つのステークホルダーの全てに貢献する「五方よし」という長期経営ビジョンに結び付いている。レドックスフロー電池による“作ったエネルギーを無駄にしない社会”の実現は、まさに「自利利他公私一如」を具現化する取り組みである。
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