住友と共創 ~ビジョンを描く~

住友精密工業

「水素で飛ぶ航空機」の心臓部をつくる。新型熱交換器が拓く“空の脱炭素”

夢の「水素で飛ぶ航空機」が実現に近づいている。住友精密工業は2026年6月、水素燃焼式の民間航空機エンジン向けとして液化水素熱交換器を開発し、実環境レベルでの実証実験を完了したと発表した。日本初の「民間機向け水素熱交換器」は、川崎重工業がNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託を受けて進める水素航空機向けコア技術開発プロジェクトの「肝」となる主要部分だ。それが実現したことは、2050年のカーボンニュートラル実現に向けての重要かつ大きな成果となる。

水素ステーション10年の蓄積が生んだ突破口

航空機産業や航空業界は新興国の経済成長を背景に拡大が続いてきたが、世界の温室効果ガス排出量では約2%(2025年時点)の割合を占め、脱炭素に向けた取り組みが急務とされる分野だ。国際民間航空機関(ICAO)が2022年に「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」との長期目標を採択するなど、脱炭素への要求が急速に高まっている。日本政府もグリーン成長戦略のもと、NEDOのグリーンイノベーション基金から「次世代航空機の開発」に510.8億円を配分し、水素航空機の実用化を後押ししている。

水素航空機の機体コンセプト(提供:川崎重工業)

住友精密工業は1961年、航空機器の製造で培った高強度金属材料の精密加工技術を礎に事業をスタートした。航空機の脚システムやエンジン用熱交換器で知られる同社だが、今回の開発で決定的な強みとなったのは、2015年ごろから手掛けてきた燃料電池車に水素を補充する「水素ステーション」向け熱交換器での実績だった。

水素ステーションでは超高圧の水素を適正な温度に制御する必要がある。その過程で、水素が金属を劣化させるリスクへの対策や、適切な素材の選定と試験方法など、10年以上にわたるノウハウが蓄積されてきた。ただ、産業用の知見がそのまま航空機用に転用できるわけではない。水素ステーションには大型で丈夫な重量級の熱交換器を設置できるが、空を飛ばすには「軽量化」とともに、「絶対に爆発や燃料漏れなどの事故を起こさないこと」が必須条件になる。

それでも、水素ステーションでの「どの材料を選び、どう試験すれば安全性を担保できるか」という技術的な土台と蓄積があったことで、開発サイクルは大幅に短縮されたという。

摂氏マイナス250度とプラス数百度が同居する極限状態

この熱交換器が克服しなければならなかった最大の技術的難関は、極端な温度差である。燃料となる液化水素は摂氏マイナス250度前後の極低温だ。一方、熱交換器はジェットエンジンの排気ガス熱を利用して水素を昇温する仕組みであり、排気ガスは数百度に達する。

産業用の熱交換器では、急激な温度変化がもたらすヒートショックを避けるために徐々に温度を上げる運転が可能だ。しかし航空機用途ではそうはいかない。上空でエンジンが停止した場合には即座に再始動する必要があり、急激な温度変化への即応が求められる。ここが開発で最も苦心した点だという。

素材にはステンレスを採用した。大きく湾曲したチューブの形状が、その答えだ。数多くの独立したチューブがコイル状に巻かれるように配置され、湾曲が熱膨張の伸び縮みを柔軟に吸収する。チューブを曲げて柔軟性を持たせる発想自体は古くからある技術だが、束ねた数多くのチューブの間にわずかなスライドの余地を持たせる機構などは特許を出願中だ。さらに、構造解析や熱流体解析技術を駆使し、実際に運用される環境を再現する事で、設計の最適化とその効果の検証を行い、安全性を担保した。

液化水素熱交換器(提供:住友精密工業)

軽さと安全性の両立を「現場力」が支える

航空機用熱交換器はジェットエンジンの最後部のノズル部に取り付けられ、高温で高速の排気ガスが吹き付ける。しかし、頑丈にすれば重くなり、推進力に悪影響が出る。危険物を扱いながら小さく軽量に仕上げ、しかも人命を預かる安全性を最優先にしなければならない。相反する命題を、いかに同時に達成するか。これこそが開発の核心だった。

溶接箇所は力のかからない位置に厳選し、厳密なリーク検査とX線検査で欠陥のないことを確認。表面をなだらかに仕上げて応力集中を避け、壊れにくさを追究した。さらに住友精密工業の優れた溶接作業員の手仕事が、設計の意図を形にした。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力のもと、能代ロケット実験場(秋田県能代市)で液体水素を用いた試験が複数回、実施された。ジェットエンジンの排気を模擬するため大量のヒーターと大型送風機を組み合わせた設備を構築し、稼働には8〜10トン級の発電機が必要だった。

最も緊張を強いられたのは、熱した熱交換器に極低温の液化水素を一気に流す試験だったという。周囲20メートルは立入禁止、水素検知器を複数設置し、異常があれば即座に系統を遮断する体制が敷かれた。結果、問題は生じず、熱交換器の安全性が実証された。さらに、実機の想定を上回る過酷な加振試験など、様々な試験を実施し、全てをクリアしたという。

1つの部品から「空の未来」を拓く

2021年度に始まった5カ年計画のプロジェクトには、延べ数十名が携わった。完成した熱交換器は2026年から川崎重工業のエンジン試験に使われ、2030年度までの地上実証試験を経て、航空機エンジンへの搭載と事業化を目指す。

加振試験の様子(提供:住友精密工業)

今回証明されたのはあくまで熱交換器単体の性能であり、これをエンジンシステム全体に組み込んだ際に何が起きるかは、まだ未知数の部分が残る。熱交換器は水素燃料系統の中でも最もクリティカルな機器とされるだけに、今後の試験に向けた緊張感は大きい。

熱交換器が完成しただけでは、水素航空機を飛ばせない。ポンプやバルブなどの周辺機器のほか、液化水素を空港に運び、機体に充塡する地上インフラの整備も不可欠だ。水素そのものがグリーン水素でなければ脱炭素の効果も薄れかねない。欧州の航空機大手エアバスも「インフラこそ最大の課題」と公言しており、今後も官民を挙げた取り組みが求められる。

住友精密工業は水素にとどまらず、様々な次世代航空機用熱交換器の研究にも着手しており、電動ハイブリッド航空機の分野ではJAXAのプロジェクトにも技術を提供している。複数の国内外メーカーから引き合いを受けているという。世界でまだ決定的なプレーヤーが定まっていない産業技術領域であるだけに、日本がトップランナーを走れるかどうかも注目される。そのカギを握る技術の一端が、直径わずか50センチほどの熱交換器の中にある。

※本記事の成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「グリーンイノベーション基金事業/次世代航空機の開発」(JPNP21030)における「研究開発項目1:水素航空機向けコア技術開発」の結果得られたものです。

 ジャーナリスト三河主門が住友のDNAを探る
住友精密工業は住友金属工業の航空機器事業部門を継承し、1961年に発足した会社であり、住友の事業精神は創業のDNAそのものだ。住友グループの事業は「住友自身を利するとともに、国家を利し、かつ社会を利するものでなければならない」と説かれてきたが、水素航空機の熱交換器開発には、まさにその精神が色濃くにじむ。
設計チームの技術者たちに話を聞くと、かつてないほどの無理な要求を製造現場の技術者に求めたという。だが、このプロジェクトが社会にどれほどの貢献をもたらすかを粘り強く伝えることで、最終的には現場も一丸となった。夢物語とされてきた水素航空機の一端を「自分が担える」という意識が、関係者全員の原動力になったに違いない。
利益だけを追求するのではなく、公益のために技術を磨く。その信念が、摂氏マイナス250度からプラス数百度までの極限的な温度変化に耐える、小型・軽量で航空機に搭載可能な熱交換器を生み出した。
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