テーマ6
SDGsと住友「暮らしの安全」

 ワンポイント解説
日本における2019年の、交通事故発生から24時間以内の死者数は3215人となり、1948年に統計を開始して以来、これまでで最も少ない数値となりました。しかし、世界保健機構(WHO)によると、世界における2016年の交通事故による死者数は約135万人に上り、2000年より約20万人増加しています。中でも、とりわけ低所得国において減少が見られず、国の経済規模によって交通事故死者数に格差が生じています。世界において今なお交通事故は重要な社会課題であり、SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」には、「2020年までに、世界の道路交通事故による死傷者を半減させる」という、交通事故に関する明確なターゲットが盛り込まれています。
暮らしの安全に直結する交通事故削減のために、住友グループ各社は自社の強みを生かし、様々なアプローチで取り組みを実施しています。住友理工のドライバーの健康状態をモニタリングする技術や、住友三井オートサービスのドライバー向け運転研修サービス、住友電装による安全運行に不可欠な自動車の電装部品のノイズ評価など、ひとつひとつの取り組みがSDGsのターゲットに結び付いています。

日経BPコンサルティング
SDGsデザインセンター長
古塚 浩一

住友精密工業

自動車から宇宙、極限環境へ。未来のニーズにつながる技術の高度化を促進

住友精密工業 尼崎本社構内にあるクリーンルームは、独創的な未来技術で発展してきた同社にとって重要な研究・開発・製造拠点の一つとなっている(写真はセンサーの製造を行う株式会社シリコンセンシングプロダクツのクリーンルーム)。

住友精密工業が開発する多様な技術・製品は、さまざまな社会課題の解決に役立っている。例えば、航空機の降着装置やエンジンの熱制御など、飛行安全に直接関わる製品の開発・製造を行っている。用排水処理・製造工程用のオゾン発生装置の開発・製造を通じて、上下水やプール、水族館、産業用水などの用排水処理に貢献している。さらに、自動車やインフラに欠かせないセンサーの開発・製造を通じて、生活の安全や利便性向上を支えている。

こうした同社の事業領域が育ってきた土壌には、「住友の事業は住友自身を利するとともに、国家を利し、かつ社会を利するものでなければならない」という住友グループの事業精神が息づいている。現在も、この「ニーズがあるから研究・開発し、製品化する」という姿勢を基軸にして、未来に役立つ技術を拠り所に事業を展開している。現在、2020~2022年度の中期経営計画の遂行に向けて議論を行っており、事業を通じた社会課題解決をより明確にするために、会社としても一歩踏み出して事業とSDGsを具体的に結びつけ、経営計画に組み込むことで動き始めた。

左:宇宙空間での放射線によるトラブルに備え、2つで一組のユニットとして相互に異常を監視し合うMEMSジャイロスコープ。長辺は約15cm。右:MEMSジャイロスコープはシリコン製のリング型共振子を機械的に振動させることで運動情報を検知する仕組み。

社会に貢献するソリューションとして、暮らしの安全という視点から注目したい製品の一つに「MEMSジャイロスコープ」がある。MEMSとは微小電気機械システムのことで、ジャイロスコープは回転運動の角速度を検出する機器だ。住友精密工業がMEMSの開発・製造に着手したのは1990年代のこと。新たな半導体製造プロセスへの社会的ニーズが高まったことをきっかけにしている。2000年頃からはMEMSを搭載したジャイロスコープを量産。自動車の横滑り防止装置などに採用され、安全性の面で高く評価されてきた。

MEMSジャイロスコープは自動車部品のような量産品の製造に向いているといわれてきた製品だ。一方で、同社製品は他社製品とは構造が異なり、高精度化が可能という特徴がある。そのため、2010年頃から精度向上の研究に取り組んできた。

同社のそれまでの製品は、まず顧客や社会のニーズが存在し、そのソリューションとして開発したものがほとんど。それに対してMEMSジャイロスコープの高精度化は、将来的に姿勢制御などの用途でより精度の高いセンサーのニーズが生まれるであろうことを予見し、いわば具体的ニーズがまだ存在しない段階で研究開発に取り組んだという点で、同社にとっては新たな方向性といえた。

すでにロケットの姿勢制御にはMEMSジャイロスコープが活用されている。MEMSジャイロスコープにはエンジンの舵角や出力を調整する「姿勢制御」に加え、ロケットを目的の軌道に投入させるための「誘導制御」の機能がある。

その延長線上で、過酷な環境下で極めて高い安全性を求められる航空・宇宙向け用途への展開を模索していた同社は、民間技術のロケット部品への転用を推進するJAXA(宇宙航空研究開発機構)の公募型共同研究制度「JAXAオープンラボ」に参加。2012年からMEMSジャイロスコープの高精度化に関する研究がスタートした。

高精度化された同社のMEMSジャイロスコープは、すでに宇宙ロケットの姿勢制御と航路をナビゲーションする誘導制御のセンサーとして搭載されている。同社のMEMSジャイロスコープは従来ロケットのジャイロスコープとして使われてきたリングレーザー型に比べて軽量・低消費電力であり、製造コストも格段に低いことから、今後増加が見込まれる民間の小型ロケットなどでの活用を視野に入れている。

同社はMEMSジャイロスコープを宇宙以外の用途にも展開していく計画だ。例えば地下・海底などGPSの位置情報を利用できない環境において、資源探索機器の姿勢制御という用途が注目されている。宇宙同様に耐久性が不可欠な環境で稼働すること、その上で、小型化・軽量化・低コスト化も重要な要素であることから、同社の開発力に期待が集まる。今後も同社ではMEMS技術のさらなる高度化と応用で多様なインフラを支え、快適で利便性の高い暮らしの実現に貢献していく考えだ。

住友電装

電装部品のノイズ影響を走行状態で評価し、安全・安心な自動車社会の実現に貢献

住友電装鈴鹿製作所の敷地内に建つ実験棟の内部。床下にシャシダイナモメータと呼ばれる装置が取り付けられており、自動車の走行状態を再現することができる。

電動化やコネクテッド化(通信により自動車が外部とつながること)に代表される自動車の技術革新が進むことで、自動車に搭載される電子機器は増えていく。自動運転時代を迎えれば、車外との通信や車内機器同士の連携システムも進化するだろう。それは同時に、車内に電磁波ノイズの発生源となる機器が大量に搭載されることを意味している。

精密な電子機器の中にはノイズの影響を受けやすいものが数多く存在する。住友電装では複数の電線を束ねた車載用ワイヤーハーネスやその構成部品を製造しているが、それらの製品から発生した電磁波ノイズが他の機器に影響を与える可能性があるため、ノイズの抑制が課題となっている。電磁波ノイズにより正常な動作を妨げられると、各機器がめざす機能を実現できない場合もある。仮に自動運転システムに影響を及ぼすことがあれば、安全運行にとって致命的要素となる。自動車内部で発生する電磁波ノイズだけでなく、外部からの電磁波により機器が影響を受け、性能を発揮できないこともあり得る。

そこで同社は、走行状態の自動車に関するノイズ評価を社内で行うことをめざし、三重県の鈴鹿製作所敷地内に電波暗室(外部からの電磁波を遮断するとともに、内部からの電磁波を外へ漏らさないように設計された空間)を備えた実験棟を建設。2016年10月に稼働を開始した。実験棟の床下にシャシダイナモメータ(自動車を実走行時の駆動状態にする装置)が取り付けられ、ローラーの上で自動車の走行状態を再現することができる。実際に自動車が走っている状態で、各機器から発せられる電磁波ノイズの影響を測ることができるのだ。

実験棟の外観。未来の自動車の発展を担う技術がここで磨かれる。

試験では製品から発生する電磁波ノイズを計測するとともに、外側から電磁波を当てた状態で製品が受ける影響も評価する。一つの製品に対して、AMラジオなどの低い周波数から携帯電話などの高い周波数まで様々な電磁波を照射して試験を行う。

実際に自動車が走っている状態で試験を行うと、製品単体の試験では分からない、他の電子機器・部品との干渉が判明する。従来は自動車メーカーにある同様の施設でチェックが行われていたが、開発段階から社内で評価することで、より安全で確実な製品作りが可能となる。また、数値に裏打ちされた新たな製品を自動車メーカーに対し、積極的に提案できるようにもなるという。

この実験棟で評価を行い、見極めた提案がメーカーに採用された事例も増えており、実験棟での評価を独自の付加価値とするとともに、開発のさらなるスピードアップにつなげている。今後も開発設計を積極的に進めることで、住友電装は「安全・安心」かつ「快適」、さらには「環境」に配慮した自動車社会の実現に貢献していく考えだ。

住友理工

運転者の健康状態や居眠りを検知し、安全な交通の実現につなげる

穏やかな暮らしを一瞬にして奪う自動車事故。その原因として、居眠り運転のほか、体調不良・急病・過労など運転者の健康状態に関連するものの割合が増えて久しい。住友理工では、自社開発の柔軟かつ電気を通すゴム材料をセンサーに活用し、運転者の健康状態や居眠り把握に役立てられないかと着目。運転中の体の状況を検知する「ドライバーモニタリングシステム(DMS)」の開発を行っている。

DMSは、同社独自開発の「スマートラバー(SR)」を採用するセンサー内蔵のシートを運転席に敷くことで、座圧分布・変化、臀部の骨から伝わってくる振動を検知し、独自のアルゴリズムで心拍数・呼吸・重心移動を推定。その結果をクラウド上に転送し、注意喚起や覚醒などの各種サービスに活用する仕組みだ。電気を通す導電ゴム自体は以前から存在していたものの、一般的に硬く、伸長の動作で導電経路が破断してしまうものだった。そこで、同社は柔軟な導電素材を採用することで、繰り返しの圧縮・伸長に対しても導電経路が破断しないSRを開発。このSRを電極にしてセンサーに活用できることがわかり、自動車の安全運転実現に向けた用途開発に取り組んだ。身体状況の検知には通常、センサー機器を装着する必要があるが、運転者は装着状態が気になることも多い。その点、SRは柔軟という特性があるため、シートに敷いても違和感なく座ることができ、意識せずにデータを測れる利点がある。

左:DMSのシート部分。内部にSRを活用したセンサーが入っており、これを運転席に敷く。右:実際に運転席に装着した様子。センサーは柔らかく、座った際に違和感はない。

2020年時点ですでにDMSの基本的な技術要素は完成しており、量産に向けた開発設計を進めているところだ。一方、現在は走行中でも車の振動や騒音と身体データを分離し、正しいデータを取得するための性能検証とその評価を行っている。現段階では振動の少ない高速道路では比較的高い精度で心拍等を測定できるものの、凹凸の多い道などでは他の振動を拾って精度が落ちるため、さらなる改良を加えている。

身体データは随時スマートフォンなどで確認することができる。

DMS自体の技術開発にメドが立ったいま、次のフェーズ、すなわち実生活での交通の安全に寄与する具体的用途の可能性を、他社と共同で考案する段階に進んでいる。例えば、クラウドに上がったデータを解析し、運転者の居眠りや疲労を検知したらアラートを発する、シートの位置調整などで覚醒を促す、業務車両の運転者であれば雇用側企業に通報する、イライラを検知した際にリラックスできる音楽を流すといったアプリケーションが考えられる。将来的には自動運転支援システムへのデータ提供や、多くの運転者が眠くなるような危険地点を調べてマップを作成するといった活用方法も考えられる。

DMSへの取り組みは、交通の安全性改善や交通事故死傷者の半減、強靭なインフラ開発などの点でSDGsへの貢献につながる。同社は今後、データの検知性能をさらに高め、2021年中にはアプリケーションへの導入を行い、自動車の安全実現に寄与していく考えだ。

住友三井オートサービス

企業ドライバー対象の運転研修サービスで、シニア層ドライバー向けプランを展開し交通事故防止に貢献

高齢者による交通事故が多発し、いわゆる“あおり運転”なども社会問題となる中、交通事故をいかに減らしていくかは日本社会の大きなテーマとなっている。住友三井オートサービスではドライバーの交通事故防止を啓発するため、自動車リースの顧客企業を対象に、全国の自動車学校と提携した実車研修プログラム「ADST®トレーニング」を実施している。

タクシーなどのいわゆる営業運転ではなく、実務の中で社員が自動車を運転するケースはどの企業にもある。同社には顧客企業から事故を未然に防ぎたい、あるいは事故を起こした社員に再発防止を徹底したいという要望が届いていた。そこで2007年にスタートしたのがADST®トレーニングだ。ADST®とはAdvanced Driving Skill & Techniqueの頭文字をとったもので、実車を使った運転実技研修に加え、安全意識を高める教育を提携自動車学校で実施し、企業内の努力で交通事故を減らすことを目的としている。

ADST®トレーニングには、運転に不慣れで事故を起こしやすい新入社員向け、事故経験者向け、上司による部下の運転指導を支援する管理者向けなど7つのプランが設定されている。近年の受講者は年間1万〜1万2000人で、年々右肩上がりで伸びているという。そしてプランには、社会的に注目されるシニア層ドライバーの事故防止に重点を置いたものも用意されている。

ベテランドライバー向けプランは主に50代後半以降のドライバーを対象としたもので、2017年に開設した。シニア層ドライバーの傾向としては、運転技術自体は問題ないものの、反応速度や動体視力などが衰えていることを自覚していないケースが多い。こうした能力の衰えが事故リスクを高めることから、同プランは他のプランと異なり、まずシミュレーターなどを用いて動体視力や反射神経などの身体能力検査を行い、その結果を数値化して、ドライバー本人の衰えに気付いてもらうことから始まる。

動体視力の検査やシミュレーターで、まずは現在の自身の身体能力を測定。数値で可視化することで、思っていた以上に衰えていたことに気付くという。
運転適性検査のシート。基本的反射動作能力を5段階で評価する。各項目には評価コメントも記載される。

その上で実車に乗ってコースを走り、長年の運転で身に付いた悪癖などについて指導員の指摘を受け、安全運転の基礎を再徹底するのが大きな狙いだ。実際にプランを試すと、「自分では問題がないと思っていたが、衰えに気付かされた」という声がほとんどの受講者から聞かれるという。

ただ、ADST®トレーニングの中で最も需要があるのは新入社員向けである。運転経験の浅い社員などへの教育を優先させる企業ニーズがあるからだ。一方、シニア層は技術面では問題が少ないため、受講者があまり増加していないのが現状だ。だが、気付かないうちに身体能力が衰えていくシニア層ドライバーの意識変革には、社会的に取り組む必要があるだろう。

交通事故によって尊い命が奪われることのない社会の実現に向けた、住友三井オートサービスの今後の取り組みに注目したい。

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