愛媛県新居浜市には、別子銅山関連の産業遺産が多く残されている。『新居浜の登録有形文化財』(広瀬歴史記念館発行)によるとイギリスなど欧米先進諸国では、自国の成り立ちや発展をモニュメントとして大切に保存、活用されているが、日本でもようやく二十年近く前から産業遺産の調査や研究が始まった。わが国の産業遺産といっても、その大半がわずか百年余りの間に近代化が進められ、達成されたものが多く、世界史的にみても貴重な存在として注目を集めている。
その中で平成十三年、新居浜市に残されている「旧住友銀行新居浜支店」(現在、住友化学愛媛工場歴史資料館)が同市最初の登録有形文化財として登録された。また同十六年に「武徳殿」、翌十七年に「遠登志橋」。さらに二十一年には「旧別子鉱山鉄道端出場鉄橋」「旧別子鉱山鉄道端出場隧道」「旧山根製錬所煙突」「山根競技場観覧席」「旧泉寿亭特別室棟」の五件が一括登録され、計八件の登録有形文化財が誕生した。いずれも新居浜の将来を見据えた都市計画と関連して出来た貴重な構築物として認定されたものだ。
「旧山根製錬所煙突」は明治二十一年十月、欧米の巡遊先で製鉄・化学工業時代の到来を実感した住友家総理人・広瀬宰平が帰国後、東大で教鞭を執る岩佐巌を「工師」として雇い入れ、山根製錬所を拡張。製鉄・化学事業を目指した。だが、当時の技術水準では海外に太刀打ちできずに結局、製錬所は閉鎖に追い込まれた。しかし、わが国の近代化を、鉱山業から重化学工業へと発展させる最先端技術を応用した工場の遺構として認められたもので、いわばその“記念碑”ともいえる。 |