明治22年(1889)頃より惣開製錬所において、従来の丁銅の鋳型をこの型に改め、明治38年(1905)四阪島へ製錬所移転後も引続き製出していたが、大正10年(1921)K.S反射炉を新居浜電錬工場へ移転し同工場にて電気精銅と併せ製出電気銅の需要増大に伴い大正14年(1925)に廃止した。不純物の多い精銅のことで、その不純な点が捺染用ロール写真版汽船のプロペラなど特殊物件を制作するのに合致して好評を博した。