「住友営繕」が手がけた建築には、名建築が少なくない。 それは、十五代家長友純とすぐれた建築家たちが生み出したものだった。
住友春翠と建築家たちは、都市と建築に対して美学を共有していた。
住友家と建築家たち このような錚々たる建築家たちが、力倆をいかんなく発揮できた背景には、やはり住友家第15代家長春翠との美学の共有を考えざるをえないのではないか。春翠は京都の公家のなかでも家格の高い徳大寺家の出であり、幼少の頃から身につけた教養と品格は、住友家の養嗣子となっても、少しも揺らぐものではなかった。 また彼が尊敬した次兄の西園寺公望(政治家、1849年〜1940年)は、国際的感覚豊かな教養人であった。春翠は欧米を視察し、かの地の貴族階層の社会的役割についても多くを学び、大阪府立図書館の寄付もその考えに触発されたものである。須磨別邸の炎上とともに失われた黒田清輝(洋画家、1866年〜1924年)の〝朝妝〟の購入は公望の助言に負うところが大きい。春翠がイギリスの貴族の生活に魅せられ、子女の教育にイギリス本国より人を招いて家庭教師としたことはその一端をうかがうに足ることである。
文・坂本勝比古 Sakamoto Katsuhiko
神戸芸術工科大学名誉教授。1926年中国の青島生まれ。神戸工業専門学校(現在の神戸大学工学部)卒業。工学博士。神戸市役所在勤中から神戸居留地と異人館群を研究。阪神大震災による歴史的文化遺産の被害状況調査と復旧にも尽力。異人館博士として知られる。著書に『日本の建築−−明治・大正・昭和』(三省堂)、『明治の異人館』(朝日新聞社)など。96年第22回明治村賞を受賞。