第二次世界大戦後の財閥解体は、日本経済に大幅な再編成をもたらした。 その意味を今あらためて考える。
幕末維新期に別子銅山が維新政府によって接収の危機にさらされたときと同様に、第二次世界大戦後の財閥解体は、住友の事業経営史上最大の危機であった。非軍事化と民主化を柱とする戦後の改革の嵐のなかで、財閥解体は労働改革・農地改革と並び経済民主化の柱をなす政策であり、戦前の寡占的な経済構造を解体し、より競争的でアメリカ的な市場経済へと移行させる試みであった。改革の基礎をなす占領軍の考え方は、「企業力の巨大な集積は『定義上』反民主主義的であり、数十万の労働者を雇い、経済の近代的部門の全範囲を含んでいるような企業は、自由で競争的な企業に見いだされる価値とはまったく別の価値を代表しないわけにはいかない」「日本の財閥は、同族としてまた法人組織として緊密に結合した比較的少人数のグループであって、日本現代史を通してその金融・商工業のみならず、その政府をも支配した最も強大な潜在的戦争能力であった」というものであった。
天下の公器を預かる 「事業と従業員を先に」という判断は、古田が住友の事業がその豊富な人材によって支えられており、これを維持することによって事業の再建を図ることが、結局は住友家の利益につながると考えていたことに基づいていたように思われる。46年1月25日に住友の全主管者を集めて総理事辞任の挨拶をした古田は、住友精神の継続を訴え、人事の重要性を説き、主管者にその進退の潔さを求めたが、そこでは「住友の如く多くの人材を集めているところでは、必ずや立派な後継者が出来る」との確信が披瀝され、会社は「私有物ではなく、天下の公器を預かっている」のだとの企業観が強調されている。 古田総理事の決断には当時から住友内部にも賛否両論があったが、その後の歴史をふり返るとき、財閥解体という難局にあたり、現代流にいえば株主の利益よりも事業の継続や従業員の利益を優先したことが住友系事業の戦後の発展の出発点であったことは記憶されるべきことであろう。アメリカ流の競争社会への変革が叫ばれている今日、再び原点に戻るべきではないだろうか。
文・武田晴人 Takeda Haruhito
東京大学大学院教授。1949年東京都生まれ。76年東京大学大学院修士課程修了。経済学博士。東京大学社会科学研究所助手、東京大学経済学部教授などを経て、99年より現職。専門は日本近代経済史で、著書に『日本産銅業史』(東京大学出版会)、『財閥の時代』(新曜社)、『談合の経済学』(集英社)、『日本人の経済観念』(岩波書店)ほか多数がある。