 |
零式艦上戦闘機
『人と技術と 住友金属の100年』より
わが国を代表する戦闘機の零戦は、機体に住友金属が開発した超々ジュラルミンと可変ピッチプロペラを採用していた。 |
| 欧米出張と新規事業
昭和3年(1928)8月、古田は住友伸銅鋼管㈱の常務取締役となり、9月欧米出張を命ぜられた。古田は、カナダのアルキャン社と交渉し、合弁会社設立の腹案を持って5年5月に帰国した。同年8月、小倉正恆が総理事となり、古田の上司となった。翌6年4月、古田は大阪府八尾にアルキャン社と合弁で住友アルミニウム(株)(現、東洋アルミ)を設立し、その加工製造に進出した。
同7年11月、古田のもとへ海軍航空本部の技術部長山本五十六(後の連合艦隊司令長官)が訪れた。山本は古田に、住友は航空機の素材としてジュラルミンを提供しているが、素材ばかりでなく、金属プロペラへの進出を要請した。古田はこれに応じ、翌年2月大阪桜島でプロペラ工場の建設に着手し、ハミルトン式プロペラを製造した。これは海軍の零戦に取り付けられたが、その抜群の機動力はよく知られている。古田と山本の友情は終生変わらず、山本は「帝国海軍の将来のため、材料のジュラルミンの研究と製造によく協力してくれた」と古田に謝意を述べた。 |