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総理事と呼ばれた人たち 8
  「総理」が生まれたとき広瀬宰平 その一 / その二 / その三伊庭貞剛 その一 / その二鈴木馬左也 その一 / その二
中田錦吉湯川寛吉小倉正恆古田俊之助
 

事業は人なり 鈴木馬左也 その二  
文・末岡照啓  

鈴木馬左也の歩み その2
鈴木馬左也の歩み その2
面接試験
 住友の採用試験に当たり、総理事鈴木馬左也は他の重役とともに必ず面接し、受験者ひとりひとりと口頭試問をするのが常であった。時に学生との討論が1〜2時間も続いたことがあった。ある社員が、総理事を始め重役方が面接に時間をかけたり、一週間も東京方面の面接に出張したら、事務が渋滞し、商機を逸して損害を蒙るのではないかとの危惧を上申したとき、鈴木は「それは一時の損に過ぎない。しかし一人の天下の人材を取り逃がすための損失は永久であり、測り知る可らざるものがある。」と諭している。
 鈴木は、採用にあたって誠心誠意の人であった。大正5年(1916)11月15日、鈴木総理事から採用の書状をもらった小畑忠良(東京帝大卒、電工取締役、住友辞職後に企画院次長)は、そのときは秘書の代筆であろうとあまり気にも留めなかったが、総理事没後にその書状が直筆と分かり、生前に気づかなかったことを悔いたという。直筆の書状には、礼を尽くして迎えたいという鈴木総理事の思いがあった。
鈴木馬左也(晩年)
鈴木馬左也(晩年)
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