「目が見えないあなたが、いくら勉強しても、時間もお金も無駄」
こんなことを、ベトナムで普通校に通っていたころ言われました。
私は、幼いころから視覚に障害がありました。盲学校の存在を知らなかったため、学校は小学校からずっと普通校に通っていました。授業は主に耳で先生の説明を聞き勉強していました。
しかし、徐々に視力が低下し、中学2年生になると、墨字が全く読めなくなってしまいました。学校の先生はよく黒板に文字や図などをかいて、「これプラスこれイコールこれです」というような説明をされました。黒板の文字が見える生徒には何の問題もありませんが、私には先生の説明がわからず、学校の授業を受けることが非常に難しくなりました。
そこで、友達に教科書を読んでもらって、予習や復習を十分に行いました。また、目が見えなくても墨字や図がかける簡単な道具を自分でいくつか工夫して作り、テストの時はその道具を使ってかきました。例えば、墨字をまっすぐにかくために紙の両端にひもをわたし、それをガイドにして書きました。
しかし、その道具にはいくつか問題がありました。字が間違っていても自分ではわからなかったり、書いている途中で間違いに気づいても消すことができなかったりしました。そのため、テストの点数はいつも悪かったです。
そのころ、たくさんの人から「学校をやめた方がいい」。また、「障害のない人が一生懸命に勉強しても就職できないことが多いのだから」と言われました。
それでも、私は学校をやめようとは思いませんでした。将来、就職できなくても、習った知識は必ず自分の生活に役立つと考えていたからです。
私は以前、ニワトリを寒い場所で飼ったために、たくさん殺してしまうという経験をしました。その後、先生が教えてくださった通りに飼育したところ、寒さで死ぬことがなくなり、健康に育てることができるようになりました。
高校を卒業してからは盲人協会に入り、点字を勉強しました。それから普通の専門学校で3年間、漢方薬や鍼灸(はりきゅう)・マッサージを勉強していました。点字の教科書もなく、点字用紙を買うお金もなかったので、ほとんど耳だけで聞いて勉強していました。
卒業後、障害のない人が働くリラックスマッサージセンターに就職のお願いに行きました。しかし、3つのセンターに行きましたが、結局、目が見えないという理由で断られました。
そのため、村に帰り、お金を借りて治療室を開くことにしました。私は熱心に勉強をし、一生懸命仕事をしました。そこで、たくさんの人たちから信頼されるようになりました。
そんな中、私は日本に行くことを決心しました。そのきっかけは、ベトナムでの数百人の視覚障害者との出会いです。ベトナムでは、盲学校は中学校までしかありません。高校は普通校に進学しなければなりません。そのため、高校を卒業していた人が彼らの内で数人だけ、仕事をもっている人も少なく、生活が困難な人がほとんどでした。
私はその様子を見て、どうにかならないものかと考えました。
そこで、日本で鍼灸・マッサージの教育を受け、その知識と技術、さらには、視覚障害者への教育方法を学び、それらをベトナムに持ち帰ろう。そして、視覚障害者であっても学習できる学校をつくり、自立できるようにしたいと考えました。
これが日本に来るきっかけであり、今の私の夢です。
夢をかなえるため、今、生理学などの教科書をベトナム語に翻訳しています。そして、5人のベトナムの視覚障害者にスカイプで日本語を教え、同じ夢を追う同志を育てています。
「視覚に障害があっても、勉強して一生懸命働けば道はひらける」
この信念を持って日本で学び、少しでも故郷の視覚障害者の役に立ちたいと思っています。
「目が見えないあなたが、いくら勉強しても、時間もお金も無駄」と、後輩たちが二度と言われないよう。 |